色鉛筆*百合短編集
演劇バカと夢見る少女
彼女は出会い頭、こう言った。
『あのねアタシ、ニーナがここの中学校出身って聞いたから、わざわざ通える学区に転校して来たの!』
栗色のショートヘアのてっぺんを、無理矢理縛り上げて作った小さな小さな尻尾を揺らして。
素っ頓狂な高音を張り上げながら。
「ニーナ」と言えば、テレビをあまり見ない私でもその名を知ってるくらいに有名な大女優。
30年に一度、と謳われる程にその演技は人々の心を鷲掴みにする。
『おねーちゃんの彼氏のトモダチの彼女の妹のトモダチのおにーちゃんの彼氏の従姉妹の彼女が知り合いなんだって!』
それって、果てしなく他人だよね。
そう思ったけど、彼女の光り輝く大きな目を見たら何も言えなかった。
そもそも、ニーナの出身地の正確な情報は誰も知らない。
何処の高校に行ってただの、何処に住んでただの。
色々な噂は飛び交うものの、そのどれもが信憑性の無い話。
だから彼女の言うことだって、でっちあげの情報の一つかもしれない。
けどね。
『だからアタシは、此処の演劇部で!ニーナを超える存在になるんだ!』
両手をいっぱいに広げて。
夢を大声で語る彼女は、ニーナよりも私をぐっと惹き付けたから。
信じてみるのも良いかもしれないと、思ったんだ。
‐‐――
「れーちゃんれーちゃん!新作すっげー良かったよー!!」
ぎゅうっと。
此処が、私達のクラス1年E組であることも全く気にせずに。
大声張り上げて私に抱き着いて来る、小さな女の子。
頭のてっぺんから生える、栗色の短い尻尾を揺らしながら。
「ありがと、九々里(くくり)」
「やっぱれーちゃんのシナリオは良いよ!早くアタシ、演技したいっ!」
「うん、部員が無事に集まれば出来るよ」
まるで小動物を扱うように。
心地好い髪を撫でていたら、段々と九々里の大きな瞳に涙が溜まる。
「ホント、アタシ聞いて無かったよ!まさかこの学校の演劇部が、10年以上前に廃部になってたなんてさー!!」
人目も気にせず感情をむき出しにして、わんわん泣きじゃくる九々里。
これが『ニーナ』の面影を求めて、出身地と噂の中学校に入学した彼女の誤算。
昔は存在したと言う演劇部は無くなっていて…但し部室自体は今も残っているらしく、規定の人数さえ揃えば演劇部の復活も有り得る。
けど最低5人必要なところに、現在私と九々里の2人だけ。
「大丈夫だよ九々里、まだ入学して2ヶ月だもん。これからだよ」
「うん!」
そうは言ってみても、もう仮入部期間も終わってしまったから…はっきり言うと期待は出来ない。
友達何人かに声は掛けてみたものの、大半は運動部に流れてしまった。
これじゃあ、九々里は夢の一歩すら踏み出せない。
「怜ちゃん」
ふと、九々里のいつもと違う声に顔を上げる。
常に纏っている無邪気さが抜け、やけに大人びた九々里の表情。
「思い詰めたってしょーがないじゃん!最悪、非公認で怜ちゃんと2人でやったって良いし!!」
「……ありがとう」
彼女のために、私は出来ることなら何でもしよう。
彼女の夢は、私の夢のようなものだから。
‐‐――
「一人演技の台本!?」
「うん。部室の棚をあさってたら、出て来たんだ」
ボロボロの大学ノートに書かれた、手書きの台本。
黄ばんだ中身を見ると、この台本は『一葉』が『ニイナ』のために書いたものなんだと分かる。
「ニイナ!?日付的に見ても、もしかしたら『ニーナ』に関係ある台本かもしんないね!!」
九々里のテンションが上昇したのを見て、嬉しくなる。
私は張り付いた紙一枚一枚を丁寧に剥がし、内容を確認する。
『ねぇ、知ってる?此処でキスすると夢が叶うんだって』
ノートの1番最後に書かれた、謎の一文。
今までの台本と筆跡が同じだから、『一葉』って人が書いたんだろう。
「何々これこれ!超、ロマンチックじゃーん!!」
台本は数ページも前に『END』で終わっているから、これは本編には何も関係の無いものなんだと思う。
「よし、れーちゃん!ちゅーしようか!!」
そう言って、唇を尖らせて顔を近付けて来た九々里に…素直にびっくりした。
「え、ちょ、九々里!?」
「乙女の純潔を差し出して叶う夢なら、是非とも!!」
「待て、早まるなぁーっ!!」
思わず、九々里のてっぺんの尻尾を掴む。
その弾みでヘアゴムが解けてしまい、九々里のトレードマークは失われてしまった。
「あのね、怜ちゃん。アタシ怜ちゃんだったら構わないって思うの」
「え?」
「何て言うんだろ、アタシ……この先ずっと怜ちゃんと一緒に居ると思う。予感めいたもんがあるんだ」
だからね、と言いながらニコリと笑う九々里に。
私はもう抵抗なんて出来る筈が無く。
「そんなれーちゃんになら、アタシのファーストキッスを捧げても宜しくてよっ!」
うっふん、とセクシーポーズをされても…正直、九々里は幼児体型だからイマイチ…。
「分かった分かった。もう、九々里の情熱には負けましたよ」
そう言えばこの子、噂だけで引っ越しまでして来る強者だったっけ。
目標のためなら、どんな犠牲すら厭わない……ってことでもある。
「っわーい!ほんじゃ、いただきます怜ちゃん…」
そっと近付く、小さな唇。
私は恥ずかしくて、ぎゅっと目を瞑る。
わ、何だか無性に緊張して来たんだけど。
やっぱ駄目……って声に出す前に、想像以上に柔らかい感触が私を硬直させた。
「ありがとう」
九々里の顔が離れて、ゆっくりと目を開くと満面の笑み。
「アタシ、怜ちゃんが大好きだよ。だって……アタシのバカみたいな夢、本気で応援してくれるの…怜ちゃんだけだもん」
「九々里…」
私は、何だか魔法にでも掛かった気分だった。
九々里の周りが、キラキラ輝いて見えて…。
ドキドキが止まらない。
「これからも宜しくなっ、相棒!」
「……うん!」
この先、どんなことがあったとしても。
私は九々里と、一緒に居るのだろう。
今思えば…あの、初めて出会った日から。
運命が、決まっていたのかもしれない。
END..