狼と銀の鳥籠姫
きっかけは一つの謀反事件だった。
ヴァスターベルに仕える狼種の近衛騎士が、一人のヴァスターベルの王族に剣を向けた。
これまで平和に共存していると思われていた種族間に、ヒビが入った。
たまたま犯罪者が狼種であった、というだけで終わるはずだったその事件が、
狼種にとっての災厄の歴史の始まりになった。
きっかけは同時にして、ヴァスターベルを襲った凶悪な死病――ゾイドウッド。
発病すると肌は黒い花の模様を咲かせ、脳みそは食い荒らされ、
進行が進むと肌は硬皮し、体表面に金属質の結晶が発現するそして、
樹ようになり砕け散って狂い死ぬと言われる原因不明の疫病。
いつしか、その疫病の発生源は狼種だろいう噂が流れるようになったのだ。
謀反に失敗した狼種が、ヴァスターベルを呪い、
その呪いが死病となってヴァスターベルを襲っているのだと。
その噂は病への恐怖とともにヴァスターベルを蝕み、誰が始めたかもわからぬ噂話はやがて真実となった。
人々は狼種を恐れ疎い、忌避するようになり……。
狼種は人々を襲うようになった。
ゾイドウッドは、狼への恐怖と嫌悪を込めて通称――『狂狼樹病(ゾイド)』と呼ばれ始め、
そして。
時の王メイナード七世は、ついにある決断を下す。
――『狼狩り法(ハウンサイドウルフ)』
ゾイドウッドの原因となり、さらには民をも危険にし襲う狼種を……、ヴァスターベルから駆逐するための法だ。
人々は自分を、仲間を、そして家族を守るため、その法を受け入れた。
人々は武器を手に持ち、積極的に狼種をヴァスターベルから根絶やしにするために狩り始める。
人が狼を狩り、狼が人を喰らう。
人が彼らを迫害したからこそ、彼らは人を襲うようになったのか。
または、彼らが人を襲うからこそ、人々は彼らを借り始めたのか。
一度狂い回り始めた歯車は止まる事もなく、ただひたすら知らずに回り続ける。
そして、狼狩り法が発動されてから、十五年余りの月日が流れた。
狼種は激減し、今や絶滅危惧種となってしまった。