ALONES
思わずキールと目を合わせた。
『英雄王オルベイン物語。』
それは全8巻から成る、かつてオルフィリア王国を建国したと言われるオルベイン王の叙事文を元に作られた物語の事。
この物語は史実に忠実な事から貴族の歴史教材にもなっており、庶民の間でも広く知れ渡っている。
国歌があるのならば、『英雄王オルベイン物語』は国書と言っても過言では無い程にオルフィリア王国でのその知名度は絶大なものだ。
勿論、レイチェルもキールも騎士教育を受ける中でこの8巻は読破していたし、レイチェルに至っては父の愛読書であったせいか、やたらしつこくこの本を読めと強要された思い出がある。
中でもオルベイン王に二心なく忠誠を誓う騎士アドルフと、天才的な弓使いウィルフレッドが彼のお気に入りだったらしく、彼らの話になるともう止まらない。
ジークハルトはそんな父親だった。
「はい、一応全巻目を通したことはありますが…。」
だが、レイチェルはそんな父の話に喰いつけなかった。
今でも口ごもってしまう。
なんせ、数年も前の話だ。
あまり本を読まないレイチェルにとっては、『英雄王オルベイン物語』を読んだ、だけの事実に過ぎず、ましてや覚えているのは数限られた登場人物の名前だけで、誰が好みかと言われてもさっぱり思い出せない。
―お願いだから掘り下げないでください。
そんな阿呆らしい願いばかりが募る中、話は唐突に急展開を迎え始める。
「そうか。ならば少しは分かるだろう。時に、英雄オルベイン王をその弓一本で守り抜いたと称される天才的な弓使いウィルフレッドだが、彼はその後、幸せな家庭を築いた事で有名だ。
オルベイン王は、言わずもがな私の先祖にあたる訳だが、その弓使いウィルフレッドの子孫もまた実在しているのを知っているかね。」
自らの髭を触りながら、にこやかに笑う王の視線がキールを捉え、レイチェルを捉えた。