ALONES
医学先進国イゼリオ公国出身のヨアは王族専属騎士団・王妃専属騎士であると同時に、宮廷医師も兼務している。
その為自室は王宮奥に位置する薬医棟にあり、他の宮廷医師達も暮らすこの棟で彼もまた一日の大半を過ごす事が多い。
とはいえ、王妃専属騎士としての役目もあるし、おちおち研究などしていられない訳で。
窓際にある雑務机の上に積み上げられた大量の資料を横目に、ヨアは項垂れた。
「…とんだ厄介事を持ち込んでくれましたね。」
思わず口から零れる本心。
ランベールは何の事だかと知らぬふりをして大きく欠伸をぶちかます。
だがヨアの心の内は決して穏やかなものではなく、彼はズキズキと痛みを繰り返す痣をそっと撫でた。
「何故、王が遠征に出かけると…殿下に一報しなかったのですか。」
恐ろしい程に鮮やかな紫眼が強かに自分に向けられているのを、ランベールは苦しい程感じ取っていた。
しかしランベールは思う。
愚問だ、と。
「…一報して、何が変わる。」
切れ長の目を薄らと開け、天井を見据えた。
「伝えたら、あの人の思惑とやらを止める事が出来るのか。」
変わり映えしない、この気味が悪い程に豪華な壁紙をいつまで見ればいいのか。
ランベールは普段見せないような表情を浮かべ、ただ嘆く。
「火の無い所に煙は立たぬ。恐らく、ロレンツェの姫といざこざを起こしたのも戦略の内なのだろう。そして根拠さえ作れば後は柄の無い所に柄を挿げればいい。
理由があれば、戦争など簡単に起す事が出来る。」