『無明の果て』
昨夜、曲がり角で姿が見えたから、もう偶然なんか無いと思ってた。」


「どうしてこっちにいるんですか。」


「うん。色々あって、ちょっと休暇を取っただけよ。

涼君、私ね、一行と結婚したのよ。」



こんな切ない想いに、言葉を震わせてしまうのはなぜなんだろう。


「涼君、これから会えない?」



正幸さんには、改めて連絡をすると伝え、待ち合わせしていた後輩達にも、キャンセルのメールを入れた。




一行の転勤が決まり、それをひとり抱え込んでいたあのパーティの日、久しぶりのバンドで、初めて一行の演奏を聞いた日、涼とあのショットバーで時を共にした日、そうあの日、私はたった一度だけ涼と泣きながらキスをした。



ビルとビルの隙間で、美しい瞳に見つめられたまま、長いキスをした。



ごめんね、涼。


心の中で言うだけじゃ、伝わらない事もあるんだと、ちゃんと知っていたはずなのに。



ごめんね、一行。








スクランブルの交差点でも、涼のまわりだけ光があたっているように、すぐにその姿は私の目に飛込んで来た。


見覚えのあるオレンジ色のシャツは、初めて待ち合わせたその時をプレイバックさせる。

だけど私は、あの日の私じゃない。


うつ向いていた顔を上げて、私の前に立った涼は、美し過ぎて眩しいほどだった。



「会いたかった」


涼は、雑音に紛れてそう言った。
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