『無明の果て』
アメリカへ旅立った日、偶然隣り合わせた岩沢の言った言葉を、ふっと思い出す時がある。
別れ際
”若い人達を見ていると、それだけで羨ましいと思うけれど、この年になってみて理解出来る事の多さに、年齢を重ねるのも悪くないとやっと思えるようになったんです。
若い頃の僕は、年をとると云う事に少しの期待もしていなかった。
年月の力はそれだけで、たくさんの希望をかなえ、負けないくらいの絶望も運んで来る。
だけど、それも、通り過ぎてはじめて解る事ばかりなんですよ。
その時は、正しいのは自分なんだと、錯覚や、勘違いや、今考えれば狭い枠に捕われて、片寄った生き方をしていたような気がします。“
ねぇ、私はちゃんと生きている?
通りが見渡せる喫茶店のガラス張りの二階の席で涼と向かい合い、私は椅子に深く座り、背もたれから背中を離さず、姿勢を崩さないように顔を上げた。
テーブルに身体を近付けると、涼の心まで近付きそうで、私の気持ちの方が怖かった。
「麗子さん、昨日、園に会ったそうですね。」
「うん。
素敵な歌だったわ。
でも本当は、園さんにひどい事したかなって思ってる。
あれは、一行への歌よね。」
「そうかもしれないけど、きっと園は大丈夫ですよ。
麗子さん、僕も大丈夫ですから。」
涼の口元が優しく微笑んでいる。
「えっ」
「昨日、一行と麗子さんが園の歌を聞きに来たって聞いて、改めて思ったんです。
逃げても変わらないんだって。
隠れたって無駄なんだって。
分かっていたはずなのに、臆病になって、また一行に会わなかった。
やっぱり会えなかったんです。
一行は呆れてるだろうな。
だけど、園がしっかり最後まで歌いきったように、僕は勝たなくちゃならないって。
二人の前で、勝ち続けなくちゃダメなんです。
そうしないと駄目なんです。」
自分に言い聞かせるように、何度も何度もうなづきながら、涼はまた
「大丈夫」
と、笑って見せた。
別れ際
”若い人達を見ていると、それだけで羨ましいと思うけれど、この年になってみて理解出来る事の多さに、年齢を重ねるのも悪くないとやっと思えるようになったんです。
若い頃の僕は、年をとると云う事に少しの期待もしていなかった。
年月の力はそれだけで、たくさんの希望をかなえ、負けないくらいの絶望も運んで来る。
だけど、それも、通り過ぎてはじめて解る事ばかりなんですよ。
その時は、正しいのは自分なんだと、錯覚や、勘違いや、今考えれば狭い枠に捕われて、片寄った生き方をしていたような気がします。“
ねぇ、私はちゃんと生きている?
通りが見渡せる喫茶店のガラス張りの二階の席で涼と向かい合い、私は椅子に深く座り、背もたれから背中を離さず、姿勢を崩さないように顔を上げた。
テーブルに身体を近付けると、涼の心まで近付きそうで、私の気持ちの方が怖かった。
「麗子さん、昨日、園に会ったそうですね。」
「うん。
素敵な歌だったわ。
でも本当は、園さんにひどい事したかなって思ってる。
あれは、一行への歌よね。」
「そうかもしれないけど、きっと園は大丈夫ですよ。
麗子さん、僕も大丈夫ですから。」
涼の口元が優しく微笑んでいる。
「えっ」
「昨日、一行と麗子さんが園の歌を聞きに来たって聞いて、改めて思ったんです。
逃げても変わらないんだって。
隠れたって無駄なんだって。
分かっていたはずなのに、臆病になって、また一行に会わなかった。
やっぱり会えなかったんです。
一行は呆れてるだろうな。
だけど、園がしっかり最後まで歌いきったように、僕は勝たなくちゃならないって。
二人の前で、勝ち続けなくちゃダメなんです。
そうしないと駄目なんです。」
自分に言い聞かせるように、何度も何度もうなづきながら、涼はまた
「大丈夫」
と、笑って見せた。