『無明の果て』
会った事もない私だから聞いてみたかったのだと、


”幸せだった“


と、誰かの声で聞いてみたかったのだと、岩沢の叫びが聞こえるようだった。



岩沢は私と共に、みんなが待つ外へ続く教会の階段に立ち



「さぁ皆さん、写真を撮りましょう」



そう言って、


両親を気づかい、友に語りかけ、たくさんの記憶を形として残す事に特別なこだわりでもあるような、まるでそれが何かの償いでもあるような、その動きはそんな熱い真剣さを感じるものだった。




「神父様、三人で並びましょう。」



一行はきっと何かを察し、岩沢のその複雑な思いを、止めてあげたいと思ったのかもしれない。




「そうですか。

ありがとうございます。」



私達の肩を抱き、一段高い階段から



「ありがとう」


と、小さく言った。



そしてこの日のこの写真が、いずれ私の大きな力になるのだ。




かつて同じ会社に属していた同志は、遠くアメリカで巡り会った。


これからの人生に夢を見る夫婦と、妻の面影を追う男。




それから私達はその教会を離れ、あの店へ移り、懐かしい顔の並ぶ大きなテーブルを囲み、乾杯をした。



ここがアメリカだと云う事を忘れてしまいそうな、四十回目の誕生日である。




「麗ちゃん、挨拶した方がいいんじゃないの。」



「そうだね。」



そうなんだ。

こういう事が、私を本当の大人にし、妻にし、明日に向かわせてくれるんだ。



一行は立ち上がり言った。



「今日はこんなに遠くまで来て頂き有難うございました。


私達のわがままで、離ればなれになったままですが、今日の感激だけであと二、三年は頑張っていけると思っています。


僕の妻はキャリアウーマンだと、日本に帰ったら自慢します。」



そして



「本当に嬉しくて、お礼の仕方がわかりません。

通りがかりのお父さんお母さん、ありがとう。

本当に…

ありがとう…」
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