『無明の果て』
なぁ一行。


園を見てると、哀しいなぁって思う時と、強いなぁって思う時、どっちもあるだろう。



この間、誰もいなくなった店のカウンターで背中から響いてくる迫力に、振り向けないくらいの鳥肌がたったよ。


あんな気持ちになったら、勝てる気がする。」




何のために歌うのかと園に聞いたら、園は何て答えるんだろう。



「涼、園に言っておいてくれよ。


園の歌は最高だって。」



「おまえは聞きに行かないのか?」



「行かないよ。」





そう、行かないと決めたはずだった。



なぜ足早にそこに向かうのか、「M」へ続く路地の曲がり角で、何かの罪を犯したかのように私の足は急に止まった。



だけど、いつもなら薄いブルーのライトにぼんやり映し出されているはずのその店は、暗く ここからは 何も見えてはいない。



ゆっくり進む目線の先には、


「閉店」


と書かれた一枚の貼り紙と、



「『楽園』を愛してくれた皆様へ


心からありがとう」


と、小さく書かれた園の写真が、無造作にピンで留められてあるだけだった。



なぜだろう。


そのドアに背中をあずけて目を閉じた。


なぜだろう。


涙が出る。



夫になり、父親になり、人は幸せだと祝福をする。



だけど妻は遠くにいる。


愛しい幼子は、まだこの腕で抱いてはいない。



静かに耳を澄ますと、園の声が聞こえて来そうな気がする。



このドアの向こう側で聞きたいと願ったその歌は、永遠にたどり着けない楽園を探すのかもしれないと、この暗闇が言っているようだった。



静かに目を開けて かすかに聞こえて来た音に、思わず背中を起こした。



ドアの隙間から灯りがもれ、聞いた事のあるイントロが流れ出した。



誰もいないはずの「M」から聞こえてきたのは



♪♪♪


ずっと側にいるなら
寂しくはないはずだから


二人で探してみたかったの


永遠と言う名の楽園を…


♪♪♪
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