『無明の果て』
自分の心に負けないように、誰もが必死で歩き続けて、都合の良いことも不都合な事も、長い人生の中の一瞬の出来事といつか分かるその日まで、何度泣いたら、そこにたどり着けるんだろうと考える時、今 園が流している涙もいつか懐かしいと思えるようになる、そんなものなんだろうか。



妻はこんな男をどう思うだろう。




だけど、大人になったはずの命のつながりを、新しい命とその命の源を忘れたわけじゃない。




園に麗子を重ねているわけじゃないんだ。




「一行、ありがと。

聞いてもらえて良かった。


今日ね、最終のオーディションだったのよ。


一行に会えるなんて、やっぱり特別な日だったわ。」



「えっ、結果は?

デビュー決まったの?」




「一番にはなれなかったわ。


だけど、帰り際にね、プロダクションの人に声かけてもらって、良い歌だねって。


名刺だけもらって来た。


一緒にやってみませんかなんて、言ってくれるかと思ったんだけど、そんなに甘くないわよね。」


「そうか、でも良かったなぁ。


良い歌だって言ってくれたんだろう?



園の歌にはきっとそんな日が来るって思ってたよ。


おめでとう、園」



「おめでとうなんて止めてよ。


何も決まっちゃいないんだから。


一行、涼から聞いて来てくれたの?」




「うん。

いや、本当は涼に行かないって言ったんだ。

だけど…

『楽園』が聞きたかったんだ。


ひとりで聞いてみたかったんだ。」




「一行

一行が作った曲よ。


聞きたいって言ってくれるのは嬉しいけど、

ねぇ…

それって、ほんとはさ…


一行は『楽園』が聞きたいんじゃなくて、あの曲を作ったあの頃の自分に会いたいと思ってるんじゃないのかなぁ。


ごめん


気にさわった?」



そうかもしれない。



園の夢に引きずられて、あの頃の夢を思い出しただけかもしれないんだ。
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