Black Beast.
「 アンタ、名前は? 」
いつのまにか落としていた
大勇くんから借りたハンカチを
拾い上げて私に差し出した彼は
相変わらず困ったような表情をしていた。
「 ・・・北城柚菜[キタシロ ユズナ]です 」
「 ふーん。俺は細川拓未[ホソカワ タクミ]。
まぁ、これも何かの縁だろーし
よろしくな 」
小さく頷いたものの、会話の
なくなった私たちの間には
沈黙しかなかった。
しばらくして彼はポケットから
棒つきキャンディを取り出して
口に含み、私の手を引っ張って立たせると
何も言わずに歩き出した。
廊下からは未だに悲鳴や怒鳴り声が聞こえて来て、ドアの前で足を止めた私をそっと抱き上げた彼は窓から外へ出た。
「 ・・・大勇なら大丈夫だから 」
玄関に向かうまでの短い道のりで
彼が言ったのはそれだけだった。
もうすぐ3月というのに
寒さは変わらず、風の冷たさも変わらない。
拓未くんと別れて帰路についてた今も
微かに体は震えていて、肩に掛けられた
大きなブレザーを手で押さえた。
何もできないのに、今もきっと
喧嘩してる彼の元へ戻りそうになるのを
拓未くんのブレザーが止めている気がして
迷いを振り切るように、私は走って家に帰った。