残酷Emperor
残酷な残像
ザーー。
“台風は10月×日かけて東北地方や列島を縦断する見込みで、気象庁は暴風雨や高潮への警戒を呼び掛けています。只今の速報ですーー”
ザーー。
ビチャ、ビチャ
ザッザッ
ーーガチャン。
3LDKの狭いアパートの一室に響いた玄関の閉まる音。
「……朱実(あけみ)、 いるのか」
濡れたスーツケースをハンカチで拭きながら、父がリビングに入って来た。
「……お父さん……お帰り」
私は一度父に振り返るとテレビ画面に視線を移した。
「すごい雨だよ。お父さんビッショリだ」
お父さんは笑い混じりに言うとバスルームに向かった。
シャワーの音が聞こえたすぐ後、玄関で物音がした。
“ーーっお兄ちゃん……”
私は少し慌てて玄関へ向かう。
“母”があの手術で命を落としてから数年、兄はいつも私のそばにいてくれた。
ーー最も“確か”な存在。
「……どこ行ってたの? 」
彼は壁に手をつくと、濡れた髪をかき上げた。
黒いジャンパーを脱いだ瞬間、彼の艶やかな黒髪から滴る雫が、ポタ、ポタッと数滴床に落ちた。
「お兄……、ちゃん? 」
俯き無言で靴を脱ぐ兄が心配になり、思わず手を伸ばす。
「……っさわんな! 」
お兄ちゃんが怒鳴った。
いつも優しく、温かい眼差しを私に向ける兄の姿はそこには無かった。
「え……」
兄は一度髪を掻きむしると、“そこどけよ”と一喝した。
低い、男の声。
こんな声、私は今まで一度もーー
ドンッ
お兄ちゃんは戸惑う私を押し退け横を通り過ぎると、階段を登って行った。
ガチャン!
ーー台風が過ぎ去った次の朝、お兄ちゃんの荷物が消えていた。
お兄ちゃんは私達の前から姿を消した。
あの時のお兄ちゃんの“姿”が、今も私の脳裏に焼き付いている。
お兄ちゃん……、貴方は今、どこにいますか……?