みじかいおはなし
「じゃあ、元気で」
「うん、元気で」
未だ眉を下げたままの彼に背を向けて、私は家路につく。
少し歩くと、後ろからエンジンの音が聞こえて、足を止めて振り返る頃にはもう彼の車も彼の姿もなかった。
もう少し、
この目に焼き付けておけばよかっただろうか。
私は込み上げるものを堪えつつ、深呼吸をして歩き始めた。
なるべく大股で、しっかりと。
私とのこの出来事が、
ほんの少しでも彼の中で傷になったら、なんて思う私は性格が悪いだろうか。
彼がもし、素敵な人と出会ってしまったら、きっと私との出来事は小さな出来事になってしまうけれど。
少しでも長い時間、彼の中に私が居座りますように、と思う私は嫌な女だろうか。
でもきっと、私の中にも暫く彼は居座るだろうから、おあいこだと思うことにする。
そんなことを考えながら、袖口で涙を拭う。
服に着いた香りが鼻をかすめ、私は声を出して泣いた。
ある小さなさよならについて ー 終