わらって、すきっていって。
むっとしながらもドーナツを頬張る私を見て安心したのか、彼は少し笑って、静かな動作でそのまま座った。フローリングの床に直に座るから、ベッドの傍らに落ちている座布団を渡してあげた。
走るひとなんだから、下半身は大切にしてほしい。
「めずらしいねー、なっちゃんが休日に来てくれるの」
「そう?」
「そーだよ。だっていつもは部活で忙しいとか言ってるじゃんっ」
「あー、うん。そうかも」
なっちゃんはこないだのインターハイで一応引退したけれど、陸上の推薦で進学するので、いまだに部活に行っている。らしい。
東京の大学に行くかもしれない、と。こないださらっとそう言われた。
彼は『有名大学からスカウトがきてて』なんてうれしそうに言っていたけれど、うれしい理由は、それだけじゃないんだろうと思う。
私から離れられるという、期待。
もしかしたらなっちゃんも自分で気付いていないのかもしれない。高校、大学、って、徐々に私から離れようとしていること。
意識的にそうしているんだとしたら腹が立つ。でも、それが無意識なら、もっと嫌だ。
「部活、どお? 順調?」
「全然ダメ。最近はタイム伸びるどころか落ちてて、ちょっとやべーかも」
「ふうん……」
やっぱりなんかあったんだ。なっちゃんは昔から、なにかあるとタイムが悪くなるから。
喜怒哀楽さえも全部陸上に反映されちゃうなんて、彼はたぶん本当に、走るために生まれてきたひとなんだ。