わらって、すきっていって。
ドーナツはいつの間にかなくなっていた。私の胃袋がたったこれだけで満たされるわけがない。あと5個くらい買ってきてくれたらよかったのに、まったく気が利かないなあ。
「……きのうさ、久しぶりにゲームして」
でも、なっちゃんが先に口を開いたので、文句を言うタイミングを逃してしまった。
だってあまりにも真剣な声色だったから。なんとなく彼の顔は見たくなくて、無意識に窓の外に視線を移していた。
「ふうん。ゲーム?」
「そう。ほら、インハイのとき会ったろ、霧島千尋っていうやつ」
キリシマチヒロ。……あ、もしかして、あのチビのことかな。
小動物みたいにかわいい顔をしているくせに、口も態度も悪いし、おまけにドチビだったから覚えている。なっちゃんとはなにもかもが正反対の男だった。
いや、まあよく知らないんだけどさ。
「あいつの家でゲームしてて。もうこてんぱんにやられてさ、俺」
「あー、なっちゃんゲームはヘタクソだもんねー」
ていうか、あまりゲームはしてこなかったし、仕方ないと思う。なっちゃん、走ること以外にはほとんど興味を示さずに生きてきたんだから。
「でも、久しぶりにゲームして、すげー楽しかった」
「うん」
「息抜きも大切だなって」
「うん、そーだね」
「走るのも好きなんだけどさ」
「――なっちゃん」
彼のほうを振り返る。朝日のまぶしさに慣れた目はすぐに彼の姿をとらえてはくれなくて、一瞬だけ、その姿を見失った。