わらって、すきっていって。

あしたは本城くんにとってとても大切な日。でもきっと、わたしにとっても、大切な日。

がんばってほしいけれど、やっぱりさみしいよ。本当にあしたで引退しちゃうんだ。もう彼が走っているところは見られなくなるのかと思うと、どうしても。


「俺の自己ベストって13分49秒02なんだけどさ」

「うん」

「あしたはそれ更新する、絶対」


そう言うと、彼は歩みを止めた。わたしを見下ろす瞳は真剣そのもので、首を縦に振るので精いっぱいだった。

やっぱりあしたは特別な日なんだ。だからわたしも全力で応援したい。彼の真剣を、少しでも手伝いたい。


「……で。もし自己ベスト更新できたら、なんだけど」

「えっ?」


ふいに、ハンドルを握っていた彼の左手が首のうしろにまわる。かと思えば、同時にすっとその視線が外れた。

やがて、ぽりぽり襟足を掻いた手と、ゆらゆらさまよっていた視線が戻ってきて、ばちっと目が合った。おもいきり肩が跳ねてしまった。

だって、本城くんの瞳が、まっすぐにわたしを見つめている。


「――8月6日を、俺にくれないかな」


いったいなにを言われているのか理解できない。

3秒の間があいて、やっとその意味を理解できたときには、彼は少し困ったように両の眉を下げていた。


「え……? 8月6日、って」


忘れもしない。その日は本城くんの18歳の誕生日。そんな大切な日、わたしが忘れるはずがない。
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