唯一無二のひと
新米ママ生活
両親の間に挟まれたその女の子は毛糸玉のようなその犬に顔を舐められ、嬉しそうにはしゃいでいた。
眼鏡を掛けた優しそうな父親の手がそっと女の子の肩に触れ、何か話しかける。
女の子は父親の言葉に笑顔を返す。
それを見た瞬間、いいようのない悲しみが秋菜を襲った。
ーーなぜ、うちにはパパがいないの…?
ーーーどうして、普通の家庭じゃないの…?
込み上げてくる涙を我慢出来なかった。
ペットショップの中で秋菜はシクシクと泣き出した。
【冬来りなば春遠からじ】
今日は本当に寒かった。
電車で1時間かけて、通勤する豪太の身体は冷え切ってしまっていただろう。
豪太と温かい湯の中に入ると、心から幸せな気持ちになった。
「私もずっとアパートや公営住宅に住んでいたから、家を買いたいっていう豪太の話はいいなって思う……」
温かい浴槽に浸かり、秋菜は自分の肩にピンクの湯をゆっくりと掛けながら言った。
秋菜の1番好きな桜の湯だ。
優しい甘い匂いが1日の疲れを癒してくれる。
「うん…」
豪太はうなづいた。
浴槽の中で濡れ髪の二人は向かい合って座る。
秋菜の滑らかな白い脚と豪太の骨ばった脚がピンクの湯の中で重なり合う。
冬の寒い時期は、ガス代節約の為、二人で一緒にお風呂に入ることにしていた。
帰りの遅い豪太に合わせるから11時半近くになってしまうけれど、仕方なかった。
その夜の豪太は、ちょっと元気がなかった。
「柊が公園で、派手に転んじゃったのに、全然泣かなかったんだよ」という秋菜の話にも少し笑って「そっか」と短く答えただけだった。
ふうーっ……
豪太が湯に浸かりながら、長い溜息をついた。
なんとなく疲れているみたいだった。少しだけ顔が赤かった。
先に風呂から出た豪太は、冷蔵庫の前で立ったまま、肩にタオルを掛けた姿で発泡酒を飲んでいた。
「あれ?ビール飲むの?
明日、休みじゃないのに」
バスタオルで髪を拭きながら、秋菜が言う。
豪太がお酒を飲むのは、休日の前の晩に1本という決まりだった。