唯一無二のひと
母・由紀恵の提案
母と島田は、何度か別れと復縁を繰り返していたと秋菜は思う。
島田は急にふっつりと気配を消す時があった。
島田がいない間、母・由紀恵は別のボーイフレンドだか彼氏を作り、その男達との会食に、たびたび秋菜を付き合わせた。
ある時期、秋菜が顔も名前も覚える間もなく、由紀恵は次々とトランプのカードのように男を替えた。
蟹のコース料理や、洒落たステーキハウスでご馳走してくれた眼鏡を掛けた小肥りの男。
白髪交じりの痩せぎすの男は、寿司屋のカウンターで小学生五年生の秋菜に大間の鮪の握りを食べさせてくれた。
男たちは由紀恵の気を引くために、大枚をはたいて、娘の秋菜にまで美食をおごってくれた。
中学一年生の時、禿頭の恰幅のよいおじさんに座敷の個室ですっぽん料理のコースをご馳走になったことがあった。
(亀かあ……)
秋菜は気が進まず、出されたすっぽん鍋を渋々つついていた。
味自体は決して不味くはなかったけれど、すっぽんの肉片は絶対に避けた。
由紀恵は初めて食べたすっぽんをとても喜び、『すごく美味しいわ』と言っていて、信じられなかった。
家で食べるうどんすきのほうが、全然美味しい…と秋菜は思った。
『はい。由紀恵ちゃん、これ』
おじさんは何時の間にか、赤黒い液体の入った小さなグラスを手にしていて、それを秋菜たちの方へ差し出してきた。
すっぽんの血だという。
『すっぽんの首を包丁で、スッパーンと切ってこう、ぎゅううっと絞り出すんだよ』
酒に酔ったおじさんは、上機嫌ですっぽんの首を絞る手真似をする。
ぐえーっと秋菜は内心のけぞった。
吐きそうになった。
そんな気持ちの悪いもの、食卓に出さないで欲しかった。
しかも、おじさんは由紀恵にそれを飲め、と勧めるではないか。
『俺が飲んだって仕方ないんだよ』
おじさんは真剣な顔で言った。
強引に小さなグラスを押し付けられ、由紀恵もとても困惑していた。
『さ、由紀恵ちゃん、一気に。飲んで飲んで』
おじさんはしつこかった。