唯一無二のひと
あかりちゃんとハヤト君が予防接種に行く為に、ちょっと早めの午後二過ぎに解散した。
お花見の帰り、乗せてもらったリンちゃんママの車の中で柊は寝てしまった。
「えーと…鍵、鍵……」
柊を抱っこしたまま、秋菜は玄関先で家の鍵を取り出そうと斜め掛けしたショルダーのママバッグの中を探る。
なかなか、見つからない。
柊は重くてずり下がってくるし、秋菜は段々に苛立つ。
リンリンリン…
そんな時に限って、秋菜のスマホが鳴り出した。
「誰〜こんな大変な時にもう…」
バッグの外ポケットから、スマホを取り出す。母・由紀恵だった。
「もしもしぃ。なあに?」
実の母だから、ついぶっきらぼうにしてしまう。
『お花見し近くまできたの。
ついでにお家に寄ってもいいかしら?
柊ちゃんの顔もみたいし』
秋菜の家の最寄駅にいる、という由紀恵は、いつもののんびりとした口調で言った。
「急に押しかけちゃってごめんね。
小田原の城址公園まで桜を見に行ったの。すごく綺麗だったわ」
由紀恵はそういいながら、秋菜にお土産に蒲鉾の入った紙袋を差し出した。
(お花見ってきっと、島田が一緒だったんでしょ…)
あえて秋菜は聞かなかった。
由紀恵の前では、島田に関して知らん顔をするのが昔からの習性だ。
こないだ来たばかりだから、柊はさすがに祖母を覚えていて、顔を見るなり、
「ばあー!」と叫んで、由紀恵に飛び付いた。
「そうそう。今度の豪太くんのお休みの日、五月人形見に行きましょうよ。もうセールが始まっているみたいなの」
秋菜の入れたティーバッグのフルーツティを一口、すすった後、秋菜に言った。
「あれ?ママ…
そういえば、今日仕事は?」
今日が平日なのを秋菜は思い出した。
柊を生んでから、曜日感覚がかなりマヒしていた。
由紀恵はテーブルのうえに視線を落としていった。
「…ママね、今月一杯で仕事やめることにしたの。
だから、今日は有給休暇取ったの。
残しちゃうともったいないでしょう」