唯一無二のひと
桜が終わると、早めの初節句の祝いをやった。
ゴールデンウイークに入ると豪太はとても忙しくなり、休みなどとれなくなってしまう。
「柊〜、いいねえ。横浜のばあばが柊の為に買ってくれたんだよ」
緑の敷布が敷かれた二段飾りの五月人形の前に立つ柊に、秋菜は声を掛けた。
柊は、つぶらな瞳でジッと人形を見詰めていたけれど、しばらくすると「興味ない!」という風にぷいと顔を背け、トコトコと明美の方へ歩み寄った。
皆の見る中、明美の正座の膝にちょこんと腰を降ろす。
「まあ、柊くんはその五月人形が好きじゃないんだね 」
皆の前で柊が自分に一番懐いていると、証明されたようで、明美は相好を崩す。
確かに柊は、しょっちゅう菓子や本をくれる明美に懐いていた。
(また、無神経なこといってる…)
いつものことだけれど、秋菜は呆れた。
洋間のローテーブルと折りたたみテーブルを繋げた上には、巻き寿司やら鮪の握り寿司、海老、鱚(きす)や野菜の天婦羅などご馳走が並ぶ。
大鉢に盛られた高野豆腐と里芋と人参の煮物。
さやいんげんの鮮やかな緑が食欲をそそる。
鶏肉が苦手な秋菜の為に、三つ葉と銀杏だけを使ったシンプルな茶碗蒸しもある。
ここでも豪太が腕を奮った。
「仕出し屋なんてもったいねえって。
俺が作るよ」と言って。
由紀恵は朝早くから来て、秋菜のエプロンを着け、豪太の横で天婦羅を揚げたり、調理の手伝いをしてくれた。
秋菜は皿を並べ、デザートのりんごとメロンを切った。
由紀恵はあまり料理が得意ではない。
案の定、少し豪太の足でまといになっていた。
それでも、豪太はとても紳士的な態度で由紀恵に接し、楽しそうにキッチンに立つ。
それは義母だからというよりは、母が美人だからだと秋菜は思う。
豪太が意外に女を見ていると秋菜が気が付いたのは、三年前、同じ系列の前の店から今の店に移ってからだ。