唯一無二のひと
今、豪太の勤めている店は、周りにたくさんのオフィスやショップがある。
昼時には、制服を着た若いOLが、ディナータイムには、華やかに着飾った女性達のグループが訪れ、豪太の作った料理を食べに訪れる。
中には、直接、賛辞の言葉を送りたいと願い出る者もいる。
この間、スーパーマーケットに家族三人で買い物に行った時も、豪太はベビーホルダーで柊を前抱っこしながら、近くにいた若いOLみたいな女をぼけっと見ていた。
『何見てんの?』
秋菜が冷たい声でと言うと、豪太はハッと我に返り、
『なんも見てねーよ!』
と強がった。
「ああ、この海老の天婦羅、イマイチだねえ。モッタリしてるよ」
誰が揚げたか知ってるくせに、天婦羅を箸でつまみながら、明美は言う。
「ごめんなさい…
私、天婦羅揚げるの苦手で…」
由紀恵が恥ずかしそうに言った。
昔から、由紀恵は揚げ物が下手だった。
「んなことねーよ。
ちゃんと美味いよ」
豪太がすかさずフォローする。
由紀恵の揚げた天婦羅を笑顔で頬張った。
(えっ…なんか新婚さんみたい…
私にはそんな風に言わないくせに。)
秋菜は軽く豪太を睨んだ。
由紀恵と豪太の間に昔からある
自然な空気ーーー
その中に秋菜が入り込めないわけではない。
入ろうと思えば、いつでも入れる。
でも、秋菜がいてもいなくてもいい。
豪太と由紀恵は、歳の離れた姉弟みたいだった。
「それにしても、あんたねえ、その頭はどうもねえ…」
明美がちらちらと豪太の方に視線をやりながら、ブツブツと言う。
少し前に、豪太は髪を赤茶色に染め、両サイドを短く刈り込み、トップをツンツン逆立てるヘアスタイルにした。
それはサッカー選手のようで、背が高く細身の豪太によく似合っていた。
昔人間の明美は、その頭を見て呆れたように「あんた店でその髪、注意されないの?」と豪太に訊いて、
「言われねーよ」と一蹴されていた。