唯一無二のひと
夜、豪太は八時に上機嫌で帰ってきた。
「鯵がすげー釣れたけど、俺の分は松木君に上げちゃった。
秋菜、捌くの面倒だろ?」
「うん….」
ーー豪太、プリクラ、撮ったの?いつ?
「今日は堤防釣りだったんだけど、来月は、船釣りにしようっていってたんだ。そしたらもっとデカイの狙えるし。」
「うん…」
ーーミホって誰?
どうしてハートマークなんて付けてるの?
「あー、なんか腹減った。
吉野家で喰ってきたんだけどなあ。
食い足りねー。
インスタントラーメンある?」
豪太は右手で胃袋の辺りを押さえながら言う。
「さあ…あったかな?」
豪太の問いに秋菜は上の空で答える。
ラーメンなんてどうでも良かった。
プリクラの事を豪太に明るく訊きたかったけれど、出来なかった。
豪太は台所にあるキャビネットの前にしゃがみ込み、扉を開けてインスタントラーメンを探し始める。
豪太の背中を見つけた柊が「きゃあ」と可愛い奇声を上げてしがみついた。
「あった」
豪太は担ぐように柊を抱っこしたまま、空いている右手で小鍋を取りだし、ラーメンを作り始めた。
1日中留守だった父親にかまってもらい、柊は嬉しそうだ。
豪太の肩にぴったりとほっぺをくっつける。
そんな柊に豪太は何事か話しかける。
ーーー余計なこと言うのやめよう…
忘れよう…
秋菜はそう思った。
豪太と柊の笑顔を今は消したくなかった。
「はい、マッサージおしまい……」
豪太の声で秋菜はハッと我に返った。
電気スタンドの明かりだけが灯る暗い部屋。
慌てて、明るく言う。
「ありがとう。気持ち良すぎて寝そうになっちゃった」