唯一無二のひと


夜、豪太は八時に上機嫌で帰ってきた。


「鯵がすげー釣れたけど、俺の分は松木君に上げちゃった。
秋菜、捌くの面倒だろ?」

「うん….」



ーー豪太、プリクラ、撮ったの?いつ?



「今日は堤防釣りだったんだけど、来月は、船釣りにしようっていってたんだ。そしたらもっとデカイの狙えるし。」


「うん…」



ーーミホって誰?
どうしてハートマークなんて付けてるの?



「あー、なんか腹減った。
吉野家で喰ってきたんだけどなあ。
食い足りねー。
インスタントラーメンある?」


豪太は右手で胃袋の辺りを押さえながら言う。


「さあ…あったかな?」


豪太の問いに秋菜は上の空で答える。


ラーメンなんてどうでも良かった。


プリクラの事を豪太に明るく訊きたかったけれど、出来なかった。


豪太は台所にあるキャビネットの前にしゃがみ込み、扉を開けてインスタントラーメンを探し始める。


豪太の背中を見つけた柊が「きゃあ」と可愛い奇声を上げてしがみついた。


「あった」


豪太は担ぐように柊を抱っこしたまま、空いている右手で小鍋を取りだし、ラーメンを作り始めた。


1日中留守だった父親にかまってもらい、柊は嬉しそうだ。


豪太の肩にぴったりとほっぺをくっつける。
そんな柊に豪太は何事か話しかける。



ーーー余計なこと言うのやめよう…
忘れよう…



秋菜はそう思った。


豪太と柊の笑顔を今は消したくなかった。






「はい、マッサージおしまい……」


豪太の声で秋菜はハッと我に返った。


電気スタンドの明かりだけが灯る暗い部屋。


慌てて、明るく言う。


「ありがとう。気持ち良すぎて寝そうになっちゃった」


< 58 / 99 >

この作品をシェア

pagetop