唯一無二のひと
豪太が釣りに行っている間、掃除をし、シーツと布団カバーを洗った。
残り物で昼ご飯を済ませたあと、柊をベビーカーに乗せてスーパーとドラッグストアで買い物をした。
買い物帰りに寄り道して、誰もいない公園で柊を遊ばせた。
帰ってからは柊の離乳食を多めに作り、今日の分以外は小分けにして冷凍した。
忙しかった。
「…ああ?」
豪太は不機嫌に眉を寄せ、唇を歪める。
「なんだ、それ。
それじゃ俺がまるでヒデーやつみたいじゃんかよ?
俺はな、家族の為に働いてるんだぞ!
煙草だってバイクだってやめたのに、この上、釣りもするなっていうのかよ?」
ゆっくりと秋菜は身体を起こし、布団の上に正座した。
豪太の顔を真っ直ぐに見る。
「ねえ、私に隠していることない?」
触れないつもりだったのに。
止められなかった。
「なんだそれ?
俺にカマかけてんのか?」
秋菜の問いに、豪太も好戦的にムキになる。
身体を起こし、布団の上にあぐらをかいた。
「隠してることはねーけど、言ってねーことはたくさんあるよ。
全部なんでもかんでもいうなんて、絶対無理だから!」
豪太は強気な口調で言うと、秋菜を鋭い目でギッと睨みつけた。
「どう?これで気が済んだ?
他に質問は?」
スタンドの灯りしかない、暗闇の部屋の中で、秋菜に向けられた豪太の眼は怒りを露わにし、威圧的な光を放つ。
その視線の強さに秋菜は思わず怯んだ。
…言葉では勝てない。
ここで切り札を出さなければならない気がした。
暗闇の中で小さな足音が遠ざかって行く。
壁1枚隔てた隣の部屋で柊の「うわあん」と泣く声がした。
すぐにパタパタパタ…というスリッパの音がして、泣き声は止む。
(柊、ばあばに抱っこしてもらったな…)
カーテンの隙間から、わずかに朝の陽の光が漏れていた。