唯一無二のひと
由紀恵はまだ夕飯の済んでいない豪太の為に素麺を茹で、かき揚げをつくってくれた。
「豪太君に出すのは恥ずかしいんだけど」と言って、テーブルの上に少し不格好なかき揚げの乗った平皿を置く。
揚げたての玉ねぎと人参のそれは、衣が少し重たそうだ。
ーーそんなことないよ。
ママのかき揚げだって美味しいよ…
秋菜がそう言おうとした時。
「んなことないって。
これはお袋の味ってやつだよ。
すげえ美味いよ」
豪太がかき揚げを頬張りながら、言った。
「本当?ありがとう」
料理のプロである豪太に褒められて、
由紀恵は嬉しそうに、照れ笑いをした。
ーーあ、先、越されちゃった…
私が言おうと思ってたのに。
秋菜は頬を膨らませた。
「豪太くん。ビールでも飲んだら?
今夜はもう遅いから家に泊まりなさいよ」
トレイの上に瓶ビールとグラスを一つ載せて、由紀恵がキッチンから出てきた。
「お、やった!久しぶりに本物のビールが飲める。
家では発泡酒ばっかだから」
テレビの前で柊と、ブロック遊びをしていた秋菜が、聞き捨てならないとばかりに振り返る。
「嘘ぉ!こないだ北海道プレミアム買ってあげたじゃない!」
「それって何ヶ月前の話だよ。
こないだって近い過去っていう意味だぜ」
豪太があきれたように言った。
そばで由紀恵が口元に手を当てて、ぷっと吹き出した。
由紀恵は柊を添い寝して寝かしつけてくれるために、自分の部屋に連れて行った。
たまには柊の寝顔を見ながら、一緒に寝たいと言って。
食事の済んだ豪太と、テレビの前に寝そべり、お笑い番組を見てああだこうだと言い合い、笑う。
こんな小さなことが幸せなんだと思う。
愛しい男が目の前にいるだけで。
秋菜は、そっと豪太の方に手を伸ばし、彼の少し荒れた長い指の手をぎゅっと握った。
豪太はニッと笑い、秋菜の手を握り返してくれた。