唯一無二のひと
車を走らせ、外の景色を眺めているうちに、柊に手を焼いたことも服装のことも忘れる。
太陽が眩しい夏の北海道は、秋菜達を歓迎するかのように、緑の大地も川の水も煌めく。
途方もなく遥か彼方の平原の先に広がる雄大な十勝の山並み。
それは、黒い霞のようにも見えた。
あちらこちらで白く儚げなレースフラワーがゆらゆらと風にそよぐ。
時々、放牧されたホルスタインの姿が見える。
秋菜には珍しい光景だ。
いちいち、子供のように「牛だ!」とはしゃいでしまう。
旅行の日程は二泊三日。
新千歳から時計とは逆廻りに由紀恵の生まれ故郷である美瑛とラベンダー畑で有名な富良野を巡り、札幌に抜ける。
豪太は二年前に店の慰安旅行で函館と札幌を訪れたことがあった。
その時観た大倉山ジャンプ台がとても良かったと言うので、今回の予定にも組み入れた。
大地一面に広がる蕎麦の白い花、ジャガイモ、とうもろこし、アスパラガス。
豊かな大地の実り。
風に波打つ麦畑。
ビニールハウスのメロン畑。
喜々として由紀恵は、豊かな農作物や穀物を秋菜達に教えてくれる。
「さすが元バスガイドさんだね」
豪太がルームミラー越しに由紀恵に言う。
秋菜は心の中で吹き出す。
ふと、思い出してしまった。
ーー高校の修学旅行で、広島の若いバスガイドさん、泣かせたクセに…
秋菜はクラスが違ったから、聞いた話だけれど。
旅の高揚感ですっかり舞い上がってしまった豪太含む悪ガキ一味は、自分達のバスに乗り込んできたウブな感じの若いバスガイドに目を付け、からかい始めた。