唯一無二のひと
『柊、この人は、柊のおじいちゃんになる人だよ』
豪太がそう言って柊の腕を掴み、強引に島田の前に出そうとする。
柊は踏ん張り、それに抵抗した。
でも、父親の手の力には抗えず、前に出されてしまった柊は堪らずに、「うわあん」と泣き出した。
由紀恵は慌て、島田は驚いた。
『なんだよ、情けねえ奴だなあ!』
豪太は少し乱暴に言い、柊を抱き上げた。
甘えん坊の柊は、父親の肩に頬をくっつけ、親指を吸う。
そんな柊の可愛らしい様子を由紀恵と島田が温かい眼差しで見守る。
あ……
ふいに秋菜は、目頭が熱くなった。
きっとこんな家族の姿はどこの家でもよくある、ありふれた光景だろう。
しかし、幼い頃の秋菜と豪太には与えられなかった。
柊は違う。
柊はこの家で皆に守られ、愛され、大きくなるのだ。
昔、豪太の望んだ祖父母のいる家庭でーー
ドライブインに寄ったりして、美瑛の宿についたのは、午後四時くらいだった。
「ここ…?」
ホテルの玄関の前で、秋菜は立ち止まってしまった。
この辺り数軒あるホテルの中で一番古くて小さかった。
ホテルと名がつくものの、地下一階を含む三階建てで、旅館みたいな感じだった。
ちょっとショックだった。
ロビーもフロントも狭かった。
フロントのカウンターでチェックインの手続きをする豪太の横に並び、秋菜は後ろを向いてキョロキョロ辺りを見回す。
天井が低く圧迫感があった。
豪太なんて、もう少しで頭が天井に付きそうだった。
壁もくすみ、床に敷かれたカーペットは微妙な色合いであちこちにシミがあった。
エレベーターは二基あるうち、一基は節電停止中で、残るほうもやたら遅くて、階段の方が早かった。
がっかりだった。