唯一無二のひと
年齢のせいで下腹部に少し贅肉がついているものの、それは却って肉体の豊潤さと逞しさを感じさせた。
……その白い柔らかなお腹にメスを入れ、腎臓を取り出すというの…?
秋菜の顔は苦痛で歪む。
いいようのない不安に、心がざわめく。
頭の中で、もう一人の自分の声がする。
『…大丈夫、心配ないよ。
腎臓移植の技術はとても進んでいて、提供する側のドナーに危険は殆どない。
傷跡も小さい。
手術が無事、済めば島田さんも透析が不要になり、皆で一緒に旅行が出来るようになるんだよ…』
繰り返し、自分に言い聞かせた言葉。
二世帯住宅の改築が終わり、秋菜達の引っ越しが済んで、落ち着いてから、腎臓移植の件を進めることになっていた。
秋菜としては、母の身体を傷付けることは、やめて欲しい、それが本音だった。
秋菜は、自分からこの件に触れることはしなかった。
反対する言葉が、口から出てしまいそうだったから。
最終的には、この件は由紀恵と島田、二人の問題だ。
『何か相談された時だけ、応えることにして、自分達から口を挟むのはやめよう』
そう、豪太と決めていたけれど、今のところ充分納得するのは難しかった。
「綺麗な景色ねえ」
湯に浸かりながら、大きなガラス窓の外の緑を眺め、由紀恵は満ち足りた笑顔をみせる。
ママも綺麗だよ…
秋菜は思う。
今、母はとても幸せなのだ、と。
ようやく手に入れた愛する人とずっと一緒に生きる喜びに溢れていた。
今、娘の自分が出来ることは、手術の成功を祈り、見守ることだけだ。
そう思った。