唯一無二のひと
「あーん、ババあ」
柊は悲しそうな声を出し、身を乗り出して、祖母の背を追いたがる。
「なんだよ、俺、誘拐犯かよ」
豪太が口を尖らせ、秋菜は笑う。
旅行中、柊を抱っこするのはずっと由紀恵の役だった。
優しい祖母にすっかり馴染んだ柊は、両親よりも由紀恵の姿を探すようになっていた。
三人で誰もいない薄暗いロビーの黒い長椅子に座って、由紀恵の買い物が終わるのを待つ。
「秋菜」
柊を抱っこした豪太が秋菜に呼びかける。
「なに?」
「ここ、貸し切り露天風呂があるんだって。スゲー雰囲気いいらしい。
九時に予約したから、あとで二人で入りに行こうよ。」
豪太はいたずらっぽい目をして言った。
「え…うん…」
入りたいけれど、秋菜は戸惑った。
二人で、ということは、柊は由紀恵に預けるということだ。
いくら夫婦とはいえ、豪太と二人きりで風呂に入りたいから、柊を預かってと母に頼むのは、恥ずかしかった。
それなのに、部屋に戻ると、豪太は由紀恵にあっさり告げた。
「お母さん、秋菜と貸し切り露天風呂入りたいから、柊、見ててくれる?」
豪太は島田と結婚してからは、由紀恵をお母さんと呼ぶようになっていた。
「あら。いいじゃない。
いってらっしゃいよ」
そういうことに、とても自由な由紀恵は、笑顔で応えた。
秋菜達が食事をしている間、二間の和室には、二組みづつ布団が敷かれていた。