リアル
 突然、背後から声が掛けられた。サトシの事しか考えてなかった頭は悲鳴を上げそうになるくらい驚いたけれど体はピクリとも反応しない。どんな言葉を誰が掛けたのかそれすらわからなかった。
「ヒロちゃん」
 二度目の声で名前を呼ばれた事にやっと気付いた。
 ゆっくりと声のした方に振り向く。
 潰れた声で俺を呼んだのはサトシの母親だった。体は小刻みに震え、握りしめた手は白く、泣き続けたのだろう、目蓋は赤く腫上がっていた。
「おばちゃん」
 おばちゃんはサトシの方を向き、目一杯ガラスに近付いて潰れた声を更に絞り出すように喋った。
「帰ってきてくれたんやねー」
「ん・・・」
「サトシねーまだ起きんのっちゃ、いつまで寝ちょる気かねー、ヒロちゃん帰って来ちょるのにねー、寝ちょったら遊べんわーねー」
「そうやね」
 泣きそうになった。出てきそうになる涙を一生懸命飲み込んだ。
 喉が痛い、目が痛い、おばちゃんの声が、顔が、言葉が痛い。
 何も返せないままおばちゃんの横顔を見ていた。
 慰める? なんて言って? 言葉が何も出てこない。俺が何を言おうとおばちゃんは悲しい。
「おじちゃんは?」
 やっと出た言葉、情けなさ過ぎる・・・。
「ばあちゃんとこ行っちょるんよ、心配しちょるからね」
「ん・・・、おばちゃん座っときーよ」
 おばちゃんは何度も頷きながら、今にも転けそうな足取りで長椅子に向かった。俺はおばちゃんが椅子に腰を降ろす姿を見ながら、溢れ出る後悔の想いに全身が震えた。
 なんで動けなかった? なんで支えて歩かなかった? なんでなにも言ってやらなかった? 少しでも、微かでも、おばちゃんの心が楽になる言葉を。
 それでも、おばちゃんに掛けたい言葉は見つからず、頭の中に蠢いているのはおばちゃんを更に苦しめてしまいそうな質問だけ。
 サトシどうなん? いまなにしよるん? 大丈夫よね?
 乏しい知識から膨らんでいく嫌な想像を打ち消して欲しい、一刻も早く。
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