リアル
 駐車場に着きキイチの車に乗り込む。俺が助手席、タツは後部座席左側、ハルは右側。いつの間にか決まったキイチの車に乗る時の指定位置。サトシはいつも真ん中にいて、運転席と助手席の肩に手を掛けて前に乗り出しながら座っていた。サトシの指定席。
 キイチはバックミラーに目をやりながら、思いきったように鍵を回す。いきなり響くエンジンの音、静寂が飲み込まれていくのが見えた気がした。
「ハルんち行くわ」
 キイチが小さく言った。返事を待たずに車は動き出す。
 車内の光る時計は深夜一時をまわっていた。道路を走る他の車は見当たらない。
 田舎の町は真っ暗だ。何も見えない窓の外を眺めていた。
 しばくして車は、カチカチという音を出しながら、ゆっくりと停まった。
 「ハル、着いた」
 ハルは頷きながら車から降りた。ハルがいなくなった車の中は、穴が開いたみたいに寒くなった気がした。
 暗闇の中を走り出す車、何も映さない窓。今日ほどこの何もない町を寂しいと思ったことがあっただろうか。
 またカチカチと音を出しながら車が停まった。タツは何も喋らないまま動いて、家の中へ消えていった。タツが見えなくなった瞬間キイチは深く息を吐くとゆっくり車を動かした。
 タツがいなくなってよりいっそう寒くなった車内は、まだ二人の余韻を残していた。
 いたものがいなくなった空間は、いたものが形を消して何かを残す。その何かがいるものの寂しさを掻き立てる。俺もここに何かを置いていくのだろうか、たぶん置いていくのだろう。そしてキイチは三人分の何かに囲まれながら、独り暗闇の中を疾走する。
 今更だが気付いたことがひとつ、俺は今日こっちに帰ってからまだあの二人の声を一度も聞いていない。
 車が停まった、何も変わらない見なれた風景の中に。こんな形で実家に帰ることになるなんて。
「ありがと、気を付けて帰れよ」
 キイチの口は閉じたままだった。
 車から降り静かにドアを閉めた。窓越しに目が合ったがキイチは何も言わず走り去ってしまった。
 独りぼっちになった車の中で、キイチはいま何を考えているのだろう?
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