リアル
 後を追い居間に入る母さんの顔を見上げた。びっくり顔は不安顔に変わっていた。
「母さん、ごめんやけどコーヒー作ってーや」
「ええけど、あんたほんとどーしたん? 仕事クビになったん?」
 母さんの顔は増々不安を募らせていく。
「なっちょらんよ」
 なるかもしれんけど、という言葉を喉の奥にで付け足した。
 コーヒーが出来上がるまでの間、犬の腹を撫でながら母さんに説明する言葉を選んでいた。俺の抱えてしまった不安と恐怖が少しでも伝わってしまわないような言葉を。
 湯気の立つコップが目の前に置かれた。早く言えとばかりに顔を覗き込む母さんから目をそらし、コーヒーを飲む。
「今日キイチから連絡あったんよ、サトシが昨日事故って入院したって」
 母さんの顔が変わる。
「全然知らんやったわ」
「事故ったん昨日やからね、おばちゃんらもずっと病院おるみたいやったし。俺も夜こっち着いてからずっと病院おったけー電話すんの忘れちょった」
「サト君怪我の具合どうなんかね?」
 この質問にはどう答えたらいいのかわからない。答えられるほどサトシの状態を知らない。自分の見たままを口にしてもいいのだろうか? でも、それはきっと母さんに不安の塊を植え付けることになるだけなんだろう。
「よくわからんの」
「なんで? 病院行って来たんやろ?」
「サトシまだ喋れんのっちゃ」
「そうなんかね」
「・・・ん」
「喋れんってそんな怪我しちょるん?」
「・・・たぶん」
 口では言えない程酷い怪我をね。
「そうかね・・・、心配やね」
 心配? 心配よりも恐怖の方が勝るサトシの姿が浮かぶ。
「もう寝るわ、上、布団あるやろ?」
 言うと同時にコップを持ち立ち上がった。
「敷いてないけどあるよ。敷こっか?」
「ええよ、自分でやるけー」
 足早に階段を登る。コップを床に置き、積み上げられてる布団に
抱きつく。目を閉じると今日の事がまわり出した。
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