リアル
 誰も居ない一階は少し寒く静かだった。俺に気付いた犬が起き上がりがり飛びついてくる。頭を撫でて抱え上げたまま階段を登る。登りきる前に母さんの声が聞こえた。
「もう起きたん?」
 まだ寝ぼけた顔で俺を見ている。
「コーヒーいるかね?」
「うん」
 犬を抱えたまま登ってきた階段を降りる。母さんが起きた事に気付いた犬は近寄りたくて、降ろしてくれともがく。
 定位置に座り寝転び天井を見つめる。湯気を立てたコップがこたつに置かれた。ゆっくり起き上がり手に取る、コーヒーいるか? と聞いたくせにコップの中身はココアだった。
「コーヒーって言わんかったっけ?」
「コーヒーばっかりやったら胃が壊れるやろ」
 母さんは真顔で答える。
「コーヒーのが好きなんやけど」
「ええけー今日はココアにしときーね」
 また真顔で言った。
 それ以上何も言わずココアを飲む、甘い味が口の中に広がり、温かい湯気が身体中に伝わった。奥の方で固まっていた何かが、ちょっとだけ緩んだ気がした。
 散歩をせがむ犬に急かされ居間から出ていく母さんを目で追う。母さんはいまどんなことを思っているんだろう?
 少しぬるくなったココアを飲み干し自分の部屋に戻った。
 携帯を手に取る、表示されている時間は七時ちょい過ぎ、キイチに電話を掛ける。コール音が耳に響く。
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