お嬢様になりました。
気になってしょうがない事がある。


でもそれを聞くにはあいつの名前を出さなきゃならない。


今日まだ一度も出てきてない、あいつの名前を……。


今無邪気な笑顔を見せている葵は、いったいどんな顔をするんだろう?


分からない。



「玲? どうしたの? ボーッとして」

「してないよ」

「そう? ならいいや」



ニコッと笑う葵。


今の俺がそんな風に見えるとすれば、原因は葵だ。


そんな事など知るはずもない葵は、能天気な顔をして夜景を眺めている。



「……葵」

「ん?」



夜景から目を離した葵は、俺の顔を見るなり首を傾げた。


俺を見上げる愛らしい瞳。


無自覚って厄介だ。



「どうして海堂と婚約したんだ?」

「…………」



葵の顔から笑みが消えた。


目を伏せ黙り込んだ葵をじっと見つめた。



「家同士が決めたのか?」

「……ううん……隆輝と話して決めた」



隆輝?


今までは海堂って呼んでた筈なのにいつから?


俺が仕事で学校に行ってない間に仲が深まった?


たったそれだけの事かもしれない。


でも、たったそれだけの事に俺の心を黒い靄が覆っていく。





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