ビターチョコレートに口づけを
彼は、とても大人な人です。
「よし。出発するよ。」
その声と共に、車は動き出す。
「えへへ、ありがとね。送ってくれて。」
「ん?いーよ。
俺のために怪我させちゃったようなものだし、ね。」
前を見ていたいっくんの視線が、そう言った時だけ、私の足へと落ちた。
すぐに前へと視線を戻したものの、その表情は暗い。
「大丈夫だって。
こんなのすぐ治るよ!
それに、私が勝手にやったことだし、いっくんの為に怪我したわけでもないよ!」
そんな顔をして欲しくなくて、つい、何時もより少しテンションを上げて話す。
いっくんは、うん、と躊躇いがちに頷いた後、くしゃりと、左手で私の頭を撫でた。
「ありがとう。
それと、ゆう。
ちゃんと、靴を履かなきゃ駄目だよ。
適当にしか履いてないでしょ?」
注意をするような口調に、私も足へと視線を送る。
そして、片方ずつ、きちんと履きなおした。
「いつ気づいたの?」
「ん?さっきみたとき?」
何故か疑問系で返してきたいっくんに少しだけ笑った。
「あ、そうだ!
今日は仕事ないの?」
ふと、思い付いた事を口に出せば、
「え、あるけど。」
と、当然のようにかえってきて、少々困惑した。
「え!?嘘!!??
間に合う!?大丈夫!!??」
身を乗り出すように、いっくんに問えば、当たり前でしょ、とくすくすと笑われた。
「俺の仕事場は、10時からだよ。
だから全然平気。」
「そっか…」
良かったぁ、と心から安心して笑った。
これ以上いっくんに迷惑かけるとか絶対ごめんだ。