惑
年下の男
どうしてこんなことになっているのだろう。目の前に立ちはだかる男が握り締めているのは私のケータイだ。
「メール? カレシから?」
そうよ。この時間になると彼は必ず『おやすみ』の定時メールをくれる。
「あんた、仕事をなめてるんじゃないの? 職場の人間関係を円滑に保つのも大人のやり方だろ」
ええ、よく存じております。
だからこそ頭数あわせで誘われただけの、こんなつまらない飲み会にオツキアイしてるんじゃない。
「遠距離なんて、よく続くよね。バカみたい」
あんたに何か言われる筋合いなんかない。他のカップルはどうか知らないが、少なくとも私達は大丈夫。こんなに好きなんだもの。
「みんなそういうんだよ。ところで、彼にはどのぐらい会っていないの?」
……二ヶ月……寂しい。
本当は飛んでいって抱きしめて欲しい。ううん、抱きしめてあげたい。
でも仕方ないじゃない。お互いちゃんと仕事を持っている大人なんだもの、そんな我儘は……
「へえ、大変だね、大人って言うのは。でも俺はあんたが思っているとおり、ガキだから、欲しいものを我慢するなんて出来ないんだ」
小ばかにしたような響きと共に彼の手が私の手首を捉える。
警戒にすくめた体はいつの間にかその腕の中にすっぽりと収まっていた。
「カレシ、よく我慢できるよね? あんたのこと、あんまり好きじゃないんじゃないの」
彼をバカにするのは止めて。それに、こんなに優しく、震えながら抱きしめるのも止めて!
「俺なら絶対に我慢できない。あんたと離れたら気が狂う」
控えめにつけた男物のコロンが媚薬のように香っている。
スーツに隠された身体の硬さが、この男が決して『コドモ』ではないことを妙に意識させる。
「そろそろ、俺を選んでよ」
低いささやきを鳴らす胸を突き飛ばす。
私は彼の手からケータイをもぎ取った。
「なあ、本当は気づいているんだろ。あんた時々ひどく物欲しそうな顔で俺のこと……」
お願い、本当に止めて。これ以上私を暴かないで!
ひどく熱い視線を背中に感じながら、私は無我夢中で逃げ出した。
これからもこの熱を感じなくてはならないと思うと憂鬱だ。
だって、この熱を生み出しているのはあの男の視線などではなく……
「メール? カレシから?」
そうよ。この時間になると彼は必ず『おやすみ』の定時メールをくれる。
「あんた、仕事をなめてるんじゃないの? 職場の人間関係を円滑に保つのも大人のやり方だろ」
ええ、よく存じております。
だからこそ頭数あわせで誘われただけの、こんなつまらない飲み会にオツキアイしてるんじゃない。
「遠距離なんて、よく続くよね。バカみたい」
あんたに何か言われる筋合いなんかない。他のカップルはどうか知らないが、少なくとも私達は大丈夫。こんなに好きなんだもの。
「みんなそういうんだよ。ところで、彼にはどのぐらい会っていないの?」
……二ヶ月……寂しい。
本当は飛んでいって抱きしめて欲しい。ううん、抱きしめてあげたい。
でも仕方ないじゃない。お互いちゃんと仕事を持っている大人なんだもの、そんな我儘は……
「へえ、大変だね、大人って言うのは。でも俺はあんたが思っているとおり、ガキだから、欲しいものを我慢するなんて出来ないんだ」
小ばかにしたような響きと共に彼の手が私の手首を捉える。
警戒にすくめた体はいつの間にかその腕の中にすっぽりと収まっていた。
「カレシ、よく我慢できるよね? あんたのこと、あんまり好きじゃないんじゃないの」
彼をバカにするのは止めて。それに、こんなに優しく、震えながら抱きしめるのも止めて!
「俺なら絶対に我慢できない。あんたと離れたら気が狂う」
控えめにつけた男物のコロンが媚薬のように香っている。
スーツに隠された身体の硬さが、この男が決して『コドモ』ではないことを妙に意識させる。
「そろそろ、俺を選んでよ」
低いささやきを鳴らす胸を突き飛ばす。
私は彼の手からケータイをもぎ取った。
「なあ、本当は気づいているんだろ。あんた時々ひどく物欲しそうな顔で俺のこと……」
お願い、本当に止めて。これ以上私を暴かないで!
ひどく熱い視線を背中に感じながら、私は無我夢中で逃げ出した。
これからもこの熱を感じなくてはならないと思うと憂鬱だ。
だって、この熱を生み出しているのはあの男の視線などではなく……