《TABOO①》サイン
*
もう8年も経っているのに。
私には彼氏がいるのに。
高校時代に付き合っていた彼を目の当たりにして、胸がざわついてしまった。
高2時代のクラス会。
少し離れた席に座る彼は、女子に囲まれ談笑している。
なぜなら、彼は今や人気モデルとなっていたからだ。
モデル界の裏事情なんかを聞いて、その輪はやたらと盛り上がっていた。
「凪(なぎ)は惜しいことしたねー」
輪の中の一人が私に向かって叫んだ。
突然投げられた言葉に、びくんとしてしまう。
ここは冗談っぽく「ほんとだよー」と返すべき場面のはずなのに、私はぎこちなく笑うことしかできなかった。
いつも隣りにいた彼は、洗練され、当時よりずっと格好良くなっている。
だから、ドキドキしたのだ。だって、相手はモデルだもの。と思いたかったが、それだけではないことに自分でも気づいていた。
高校3年の時、私たちは別れた。
正しく言えば、私から別れを切り出した。
受験勉強に専念していた私にとって、モデルにスカウトされ夢を語る彼は、なんだか遠い人に感じてしまったからだ。
先が見えない私にとって、彼は眩しすぎた。
高校を卒業してから6年後、彼の活躍を知り、本当に遠い存在になってしまったのだなと思った。
その頃の私は、会社の先輩と恋に落ち、平凡なOLライフを送っていたから、彼はすっかり思い出の人になっていた。
「凪もこっちおいでよー」
女の子たちが手招きする。
「いいよいいよ」とやんわり断ったが、お酒の入った友達たちは、強引に私を彼の隣りに座らせてしまった。
「ど、どうも……」
今さら何を話せばいいんだろう。
それに友達の好奇の視線に晒されながら言葉なんて続くはずがない。
「元気だった?」
なのに彼は何事もなかったかのように、昔と同じように笑顔を向ける。
モデルの世界で揉まれているのだ、高校時代の元カノに会ったくらいで動じないのだろう。
そう思うと、やはり距離を実感した。
だけど、これでいいんだ。
私たちは、8年前に終わったんだから。
私には彼氏がいて、平凡だけど陽だまりのような生活を送っているのだから。
その時だった。
彼はテーブルの下で、私の手の甲を人差し指で2回つついた。
その意味に気づくのに、数秒かかった。
すっかり忘れていた、私たちの秘密のサイン。
『今日、OKだよ』
気づいたとたん、一気に体が火照った。
fin