恋
「……や」
声に出てしまいそうだった。
『嫌だ』っていう、心の叫びが。
声はなんとか押しとどめられたけれど、私の左手は咄嗟に後ろに回って彼の手を掴んでいた。
背中からは、夏木くんが息を飲む音が聞こえる。
目の前の浩介くんは、何も気づかないまま一生懸命話していて、私は自分が作り出したこの状況に、自分で一番驚いてる。
だけど変に納得もした。
忘れたくないんだ、私は。
あの時のときめきは、恋の始まりだった。
ずっと誤魔化してたけどもう誤魔化せない。
私と彼の手の間に汗が滲んでくる。
私がいつまでも離さない事を、きっと驚いているのだろう。
室内に響くのは浩介くんの説明の声だけ。
なのに、私の耳は、それよりはるかに微かな夏木くんの息遣いだけを拾っていた。