季節は更に過ぎる。
大学は夏休みに入り、私は暑さを避けるために図書館通いをしていた。

古文の棚を何の気無く見回して、源氏物語を見つける。

夏木くんが持っていた本だ。
あれはもう、半年も前のことになるの?


「立場は逆になっちゃったけどね」


自分で漏らした言葉が、自分の胸を貫くよう。


「……見てもまた逢ふ夜まれなる 夢のうちにやがて紛るる我身ともがな」


光源氏が、父帝の妻である藤壺と関係をもってしまった時に読んだ歌だ。

もう会うことも叶わないなら、いっそ夢のなかに紛れ込みたいっていう内容。

私も目を閉じて、あの日の衝撃を思い出す。
心は今も疼く。癒やし方もわからない。

寧々は新しい彼氏をつくれというけれど、私の心に他の人が入り込む隙間なんてまだない。


「私も、夢の中にずっといたい」


私を見てくれた彼がいる夢の世界。
その方が、現実じゃなくても幸せだもの。

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