恋
「……じっとしてろ」
夏木くんは黙ったまま、私の膝を確認するとハンカチを取り出して血をふき取ってくれた。
彼の指が私の膝を押さえる。鼓動が高鳴って喉が詰まったようになる。
苦しい。怪我の手当をされているだけなのに、嬉しいと感じてしまう自分が痛すぎる。
「……っ」
「痛いか?」
痛いよ。胸が、シクシクと痛む。
「消毒したほうがいいと思う」
「いい。平気だから」
「いいから乗れよ」
私に背中を向けて腰をかがめる彼。
背中に乗れというのか。そんなの……できるわけ無いのに。
「……夏木くん、ずるいよ」
「え?」
「なんで今さら優しくするの」
「……ごめん」
夏木くんは振り向かない。背中が語る『ごめん』はどう捉えればいい。
「……どこから聞いてたの?」
「匡深が土下座した辺りからかな。……芽衣子の友達の……あの子が俺と浩介を見つけて、呼びに来たんだ」
「寧々が?」
「芽衣子が匡深に連れて行かれたって言われて、慌てて追いかけてきたらそれで、……思わず隠れちまった」
彼らが居たバックスタンド裏は、私達がいたフェンスからそう離れていないけれど。
夢中になって話していたからか、全然気づかなかった。