「……今更じゃないからだ」


拳を握った夏木くんが、低い声を出す。
立ち上がって、背筋を伸ばして彼女と対峙するその姿を、私はただ黙って見つめていた。


「え?」

「次の恋にならなかった。ごめん、匡深。残酷なのは承知で言う」

「やだ、や……」

「一緒にいても、恋にならなかったんだ」

「やだっ」

「匡深に対して、自分のものにしたいとか、誰にも渡したくないとか、……思えなかったんだよ」

「いやあああっ」


耳を抑えて首を大きく振る匡深さんの動きが、ふと止まった。


「やっ、離して」

「いい加減にしろよ、匡深」


彼女の腕を掴んだのは、後ろに立っていた浩介くんだ。


「何よ、伏木だって二人がくっついたら嫌なくせに」

「俺は……、もういい」

「え?」

「もういいんだ」


浩介くんはそう言うと、私の方を見た。
それは昔と同じ優しい瞳で、懐かしさと申し訳なさで胸がきゅっと詰まる。


「俺と芽衣子はちゃんと別れたし、芽衣子の気持ちは変わってない。無理矢理ヨリを戻したって、俺は何も楽しくない」

「伏木」

「なによ、それ。あたしへのあてつけ?」


匡深さんは浩介くんから腕を振りほどこうとするけど、彼は手を離さなかった。
< 69 / 78 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop