恋
「……今更じゃないからだ」
拳を握った夏木くんが、低い声を出す。
立ち上がって、背筋を伸ばして彼女と対峙するその姿を、私はただ黙って見つめていた。
「え?」
「次の恋にならなかった。ごめん、匡深。残酷なのは承知で言う」
「やだ、や……」
「一緒にいても、恋にならなかったんだ」
「やだっ」
「匡深に対して、自分のものにしたいとか、誰にも渡したくないとか、……思えなかったんだよ」
「いやあああっ」
耳を抑えて首を大きく振る匡深さんの動きが、ふと止まった。
「やっ、離して」
「いい加減にしろよ、匡深」
彼女の腕を掴んだのは、後ろに立っていた浩介くんだ。
「何よ、伏木だって二人がくっついたら嫌なくせに」
「俺は……、もういい」
「え?」
「もういいんだ」
浩介くんはそう言うと、私の方を見た。
それは昔と同じ優しい瞳で、懐かしさと申し訳なさで胸がきゅっと詰まる。
「俺と芽衣子はちゃんと別れたし、芽衣子の気持ちは変わってない。無理矢理ヨリを戻したって、俺は何も楽しくない」
「伏木」
「なによ、それ。あたしへのあてつけ?」
匡深さんは浩介くんから腕を振りほどこうとするけど、彼は手を離さなかった。