ドメスティック・エマージェンシー
第一章
車内には母の甘すぎる香水と父の煙草の匂いが温風によって満たされていた。
きつすぎる匂いを少しでも和らげたくて窓の外へ視線を投げる。
向こうでは、三日ぶりの地元が流れていっていた。
木、緑の家、モノクロの家、グラウンド、コンビニ、横断歩道――懐かしいはずなのに、その景色は味気のないものとして映った。


「なあ、スピード飛ばせねえの」


後方から苛立った声が投げかけられ、しかし私に宛てたものではなかった。
父が、無理だよ、と苦笑したのが伝わってくる。
父の言葉など初めから期待していなかったらしく有馬は次から次へと文句を言った。


耳に不愉快な声が素通りして両親の耳に入っていく言葉たち。
あまりにも馬鹿らしくて――あるいは、そんな弟より私を見て欲しくて――母の座席を軽く叩いた。


「ねえ、私の分のジュースは?」


「ん」


母は振り向くことなく、飲みかけのお茶を手渡してきた。
後方へ視線をやると一通り文句を言い終えた有馬が満足そうに自分用に用意されたコーラを飲んでいた。





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