ドメスティック・エマージェンシー
「……もういい」

父親が苛立ちをため息に込めて吐き出す。
私には、それすらも暴力的に感じられ頬が引きつる。

「部屋に戻ってろ。いいな、出るなよ」

威圧的に命令され、思わず頷く。
従順な犬に戻ってしまった私は小屋へ戻って行く。

ドアを開けると、懐かしい家具が私を迎え入れてくれた。

おかえり。
誰も言ってくれなかった言葉を、家具たちはさらりと言ってのけた。
お世話になったベッドが包容力をオープンにしている。

ソッと近付き、軽く触れる。
柔らかい生地はいったいどれくらいの涙を受け止めたのだろう。

ベッドが私を引き寄せる。
刹那、顔を布団が包んでいた。

泣いていい、とは言われていない。
しかしいつものように受け止めてくれるのは容易に想像出来た。

声を押し殺して泣く。
両親に聞かれたくない。
何より、私自身が聞きたくなかった。

あの二人に逆らえないなんて。

悔しくて、首を絞めるように布団にしがみつく。
憎悪と化した涙に、悲しみはなかった。







< 103 / 212 >

この作品をシェア

pagetop