ドメスティック・エマージェンシー
「俺さ、お前にここに来るよう勧められた時やっぱり最初は行く気なかったんだ」

有馬が開けられた襖から見える月を眺めて語った。
私も釣られて月を見る。
今日は満月だ。

「だけど、本当に匿ってもらわなきゃ俺一人で生きるなんて無理なこと痛感してたしさ。ここに来たんだ」

自分の無力を認めた瞬間だったのだろう。
有馬がそれに苦しんだかは知らないが、プライドの高い彼が認めたことは大きな一歩だったに違いない。

「ここに着いたら婆さんが笑顔で出迎えたくれたよ。あんなに反抗してた俺をさ、嫌がることなく受け入れてくれたんだ。びっくりしたよ、愛されたいと思わなかったからあんな態度取ってたのにさ。なのに、母さんたちは……」

有馬が言葉に詰まった。
言いたいことがわかり、両親の顔を思い出すために目を瞑る。

必死に作った自分を愛してくれた両親。
野球が出来なくなった自分を愛さなくなった両親。
両親がこうなのに、祖母は違った。
まるごとの有馬を愛した。

それは、有馬にとって初めてのことに違いなかった。






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