ドメスティック・エマージェンシー
「大丈夫よ、恐い人じゃないから。……あ、着いた」

糸部がくれた墓の場所が書かれた小さな地図をポケットにしまい、想像していた物と変わらない墓に向かい合う。

葵は、私が何故出ていったのかも何をしていたのかも聞かなかった。
この墓の主さえ聞かない。
それどころか、私が手を合わせ黙祷をする中、目を背けてくれている。

――ゼロが死んだことが良かったのかはわからない。
だけど、ゆうまは私には遥かに理解出来ない苦しみを抱えていた。

理解出来ない私には、生きろ、と無責任には言えない。
助けられない私に、言うことは出来ない。
生きることは苦しみと寄り添うことなのだ。
彼にとっては孤独のこの世界で、どうして生きろと言えるだろう。

死ぬことは最低なことだとか、生きていたら良いことがあるだとかよく耳にするが、彼には絶望しかなかったのだ。
良いことなど想像出来ないくらいに壊れ、死ぬことを最良の選択だと選んだ。

なにが正しくてなにが間違っているのかわからない。
彼のように、本当に死ぬことで楽になることもあるのだろう。

だけど、私は生きている。
やはりなにが正しいのかわからない。
私にも私の苦しみがあったのだ。

「……葵。行こう」

声をかけると葵が笑顔で振り返り、私に手を差しのべた。
私はその手を取る。
相変わらず温かい手が、私を抱き締めてくれている。

――だからこそ私は考え続けるのだろう。
なにが正しくてなにが間違いなのか、果てのない答えを……










END

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