ドメスティック・エマージェンシー
「お前、谷口と仲良いんだってな」

名前も知らない男子生徒がからかうように言う。
谷口は俯いている。
私は驚いて男子生徒に目をやった。

派手な女子生徒がニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら、はっぱをかけた。

「靴、届けて貰ったんでしょー?まるでシンデレラじゃん」

ヒュー、谷口王子じゃん。
誰かがわざとらしく言ってのけた。
私は呆れた。
そういうことか。
馬鹿げている。

無視する事にし、机から手を離すと自分の席に向かおうとした。
それを男子生徒が立ちはだかり阻止する。

ショーはこれからだ、と言わんばかりに。

「谷口、お前のこと可愛いってよ。良かったじゃん、弟を盾にした卑怯者でも好いてくれる奴がいて。貴重だぜ?」

下らない。
谷口が、じゃなくて、この男を下らないと思った。

「谷口とキスしちゃえばー?」

女子生徒の野次に口笛が吹き荒れた。
キース、キース、とクラスメイトはコールを送る。

まるで蚊が頭の中にいる不快感に私は顔をしかめた。

そして、ふと谷口に目をやる。
あろうことか彼は頬を赤く染めていた。
この状況で、照れたように。

私はショックを受けた。
まるで裏切られた気分だし、葵を裏切った気分だ。

耐えきれず走り出す。
蚊はいつまでも不快な音を出して私の中で飛び回った。






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