ドメスティック・エマージェンシー
誰かが階段を上ってくる。
しばらく夢中で目を瞑って耳を塞いでいたため気付くのに遅れた。
その刹那、部屋にノック音が飛び込んできた。

「遠藤、大丈夫か?」

担任の声が飛び込んでくる。
途端に体を縮こまらせた。

人間の体が伸び縮み自由なら私はミジンコ並みに縮んだに違いない。
見つかりたくない。
見たくない。

悪魔の使者が私を迎えに来たのだ。

「先生、ちょっと待ってて下さい」

母の声がした直後、ドアが開けられた。
ずかずかと地響きのように足音が響く。

私は布団に潜ったまま息を止めた。
耳へ直接的に心拍数が早くなった心臓音が滑り込んでくる。
心臓も止められたらいいのに、と思った。

「江里子、先生が来てるわよ」

私は返事をしない。
まばたきもしない。
完璧に硬直してみせる。

母は二、三度私を呼んで諦めたらしく部屋を出て行った。

緊張が解け、盛大なため息を付く。
全身の脈が再び動き始めた。






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