ドメスティック・エマージェンシー
泣くことが仕事だ、という赤ん坊のように泣いた。

「……家へ戻るつもりはないの?」

私が落ち着いた頃、静かに祖母が問い掛けた。
口調は責めておらず、むしろ戻るなら止めておけ、と注意してるようだった。

うん、と間を取らずに即答する。
もう決めたこと。
だからこそ迷わずに答えられた。

なのに、あの男の誘い……早く答えを出したいのに、出せない。
今戻れば、私は覚悟もないまま二人を殺しかねないだろう。

ふわふわした人殺しの衝動。

ふわふわしてるのに鉛よりも重い。
ドスンと座り込むのを躊躇しているみたいだ。
中途半端にイライラし、苦しくなる。
――だから、今のような半端な覚悟では、出来ない行為なのだ。

「そう、分かったわ」

あっさり答え、祖母が有馬に受話器を渡そうとしていることを察する。
慌てて呼び止めた。

「ん?」

「……おばあちゃんは、有馬から何を聞いたの?」

恐る恐る聞くと、祖母はフッと受話器に息を吹きかけた。
届く筈もないのに、電波に乗ってきたため息は私の頭で祖母の苦笑を呼び寄せる。

困っていることは明白だった。

「……有馬のことよ。あなたのことは何も聞いていない」

有馬は四六時中私を見ている訳ではないし私より先に家出したから私のことを知らないのは当然だろう。

それでも安堵した。

有馬には、知られていない。







< 80 / 212 >

この作品をシェア

pagetop