すとーかーさん
すとーかーさん
「ねぇ、そろそろ帰ろうよ」
机に片頬をペタッとくっつけ、分厚い資料や教科書を捲る彼の袖を引っ張る。
「もうちょっと……」
下から覗き込んだ顔は、まさに真剣そのもの。
「もう。あたし、ちょっと外の空気吸ってくる」
頬を膨らまして、拗ねた表情をしてから席を立つ。
どうせ、あたしが拗ねていることにも気付いてないだろうけれど。
何てったって、彼は今必死なのだ。
レポートの提出期限に追われているんだもの。
勉強熱心なところは尊敬しているし、応援したい。
顔も悪くない、理想の恋人だ。
ただ、正直もうちょっとくらい構ってほしい。
一番とは言わないから、ほんの少し彼女の優先順位を上げてほしいの。
奥まで続くたくさんの本棚と、独特な本の匂い。
広すぎる図書館には、あまり人の姿はない。
というのも、まだ開館したばかりだからだ。
席を立って出口へと向かう。
深いため息をついた時、不意に腕を掴まれた。
咄嗟のことに、ビクッと身を震わせて息を呑む。
あまりに驚いたせいで、すぐに声が出せなかった。
「何ですか……」
怯えながら言葉を口にできたのは、一番奥の本棚に手首を押し付けられてから。
どうやらあたしは、見知らぬ男に連行されてしまったらしい。
「君は今、構ってくれない彼氏に対して不満を抱いているね」
同年代くらいに見えるその男性は、あたしの両手首を片手で捕らえ自由を奪う。
「なんでそんなこと知って──んんっ」
問いかけた疑問は、突然重ねられた唇によって途切れてしまった。
ちゅっ、とリップ音を鳴らして柔らかいそれが離れていく。
頭の中が混乱している。
目の前の青年は、にっこり微笑んだ。
「いきなり何なの」
「しーっ。図書館では静かにしないと、ね」
そうしてまた、唇が重なる。
深くて、意識が朦朧とするようなキス。
唇を割って入ってきた舌に、甘ったるい吐息を漏らした。
彼の手が、首筋を通って下に降りていく。
「やっ……」
胸を揉まれて声を出してしまうと、すっ、と触れていた手が離れていく。
解放を望んでいたはずなのに、なぜか物足りない。
もっと触っていてほしくて……。
去り際、耳元に顔を近付けると、彼はそっと囁いた。
「俺はね、君のストーカーだよ」