若き店主と囚われの薔薇


記憶はないのに、いや、ないからこそ、久しぶりに感じた人肌が、懐かしく感じられたのだ。


これはきっと、運命。

彼に、『薔薇』としての私を見出されたこと。

インカローズは、『運命のひとを引き寄せる』石。


その名にふさわしいよう、彼のためになれるよう。

色んなことを覚えた。

歌をたくさんうたった。

彼のために笑い、泣き、幸せを語った。


クエイト様が、赤髪を撫でて下さる。

それだけで、この髪は役割を持つ。意味あるものになるのだ。


彼が、私の名を呼ぶだけで。

薔薇は緩やかに花開き、鮮やかに色をつける。



私は彼を、心の底から愛していた。







「…いい加減、泣き止まないか」


エルガが隣で、呆れた顔をしてこちらを見てくる。

私は無視をして、みっともなく泣き続けた。


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