若き店主と囚われの薔薇


「…………」

月明かりが、エルガの頬を照らす。

穏やかな色をした瞳と、目が合った。


「……ううん。いらないわ」


少しだけ、微笑んで。

そう言うと、エルガは意外そうな顔をした。


「このまま、ロジンカとして生きていくのか」

「…さっきは、『もう薔薇じゃない』って言ったけれど。ここにいる私は確かに、ロジンカなのよ。クエイト・ビストール様のもとで生まれた、ロジンカ」


まるで、もう一度この世に生を受けたかのような。

あのとき、そういう心地がした。


「…だから、いいの。そうね、あなたの言った通りだわ。私は私。クエイト様を愛していた、ロジンカというたったひとりの人間よ」


私の薔薇は、枯れてしまったけれど。

きっともう、どんな名前だって、『ロジンカ』以外は、私に馴染まないと思った。

ロジンカ以外の何者かには、もうなれないと思うから。


…彼に、たったひと時でも愛されていた。

その証拠である、この名前を持っていれば、私はきっとこの先も、私であれる。



< 121 / 172 >

この作品をシェア

pagetop