若き店主と囚われの薔薇
「…………」
月明かりが、エルガの頬を照らす。
穏やかな色をした瞳と、目が合った。
「……ううん。いらないわ」
少しだけ、微笑んで。
そう言うと、エルガは意外そうな顔をした。
「このまま、ロジンカとして生きていくのか」
「…さっきは、『もう薔薇じゃない』って言ったけれど。ここにいる私は確かに、ロジンカなのよ。クエイト・ビストール様のもとで生まれた、ロジンカ」
まるで、もう一度この世に生を受けたかのような。
あのとき、そういう心地がした。
「…だから、いいの。そうね、あなたの言った通りだわ。私は私。クエイト様を愛していた、ロジンカというたったひとりの人間よ」
私の薔薇は、枯れてしまったけれど。
きっともう、どんな名前だって、『ロジンカ』以外は、私に馴染まないと思った。
ロジンカ以外の何者かには、もうなれないと思うから。
…彼に、たったひと時でも愛されていた。
その証拠である、この名前を持っていれば、私はきっとこの先も、私であれる。