若き店主と囚われの薔薇
「も、森の中だってまっくらで、怖くて、…お、狼だって出るんだよ。逃げようとしてもなんにも見えなくて、どこ走ってるのかもわかんなくて………」
おもむろに、テンの両手が胸の前へと移動する。
胸元の、薄汚れた麻の生地をギュウ、と握りしめた。
「ぜ、ぜったいぜったい、怖いよ。死んじゃうよ」
瞳を潤わせて、テンは少女を見上げた。
その、恐怖に染まった目の色に、少女は何も言えなくなったようだった。
………テンは、売られてきて奴隷になったわけではない。
一年前、その身ひとつで俺に声をかけ、『たすけてください』と舌足らずに言ってきた少年だった。
痩せこけて、あちこち傷だらけで。
裸足は、血まみれ。
テンに何があったのか、親はどうしたのか。
彼は、話そうとしたことがない。
だから俺も、知らない。
ただ、『奴隷として俺の商品になる』ことを条件に、寝食の保証をしてやっている。